神隠しの森で営まれる炉端焼きの老舗

こんにちは。
写真は東京都八王子市にある「鎌田鳥山」です。1929年(昭和4年)創業、約100年の歴史を持つ鳥料理の老舗です。
自然豊かな長沼公園の頂上、森の中にひっそりと佇む囲炉裏焼きの名店で、長い年月が育んだ風情が、訪れる人を静かに迎えてくれます。
創業者は鎌田辨弥(かまた べんや)氏。岐阜県出身で、東京・神田で曲輪(竹製品)の製造販売を行っていた人物だそうです。現在は4代目の女将が店を切り盛りしています。昭和初期、この周辺に網を使った野鳥の猟場を設けたことが店の始まりと伝えられています。
オーナーによると木造2階建ての建物は増改築が繰り返され、いつ建てられたかは明確には分からないとの事。最も古い所は60年以上経過していると思われます。建物内部は大変綺麗に保たれており余計な物は一切ありません。電灯は裸電球です。


歴史を感じる素朴な座敷には、囲炉裏席が20席ほど。串に刺された野鳥や若鶏を自分で焼いて味わうスタイルで、焼き上がるまでの静かな時間もまた格別です。窓の外に広がる森の緑を眺めながらいただく日本酒は、まさに至福のひととき。締めには麦とろご飯となめこ汁が供され、心も体も満たされます。
宮崎駿監督の映画『千と千尋の神隠し』の序盤、千尋が両親と車で移動するシーンで、車窓に「鎌田鳥山」の看板が一瞬登場します。ジブリファンの間では“聖地”のひとつとして知られているようです。森に包まれた静かな雰囲気は、まるで異世界へ迷い込んだかのような非日常の感覚を呼び起こします。

1955年(昭和30年)には、現在の上皇陛下(当時は皇太子)が学友とハイキングの途中に立ち寄り、鳥料理を召し上がったという新聞記事が店内に残されています。雑誌やテレビ番組でも紹介されることが多く、地味ながらもその独特の空気と味わいで長年多くの人々に愛されてきた名店です。

店の前には、4代目女将がオーナーを務める「峠の小さな美術館」があり、絵画や写真の展示、琴など楽器の演奏会が開かれる文化的な空間となっています。美味しい料理だけでなく、心にも栄養を届けたいという思いが伝わってくる場所です。(女将自身も絵画作家であり、その画力の高さに驚かされます。)


世の中には古くから続く名店が数多くありますが、「鎌田鳥山」は自然・文化・歴史が調和した、他とは異なる特別な時間が流れる空間です。これからも人々を日常からそっと解き放ち、身も心も癒してくれる存在であり続けてほしいと願います。自ら神隠しにあいたい時に行きたくなる場所です。

【追記】
春は道中の長沼公園の桜が見事です。森を抜けると突然広がり驚きます。『千と千尋の神隠し』の序盤の印象に重なります。鳥料理は格別ですが、私は締めの「麦とろご飯」が大好きです。この世で一番美味しい食事の上位候補の一つです。

シリーズ「時空の肖像」は、古き良き建物等をモノクロ、横長のパノラマ写真として撮影し、その歴史や開発者の想いについても振り返る写真シリーズです。
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